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ヒト免疫不全ウイルス感染症

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症は、HIV-1とHIV-2という2種類のウイルスのいずれかによって起こります。HIVは白血球の1種であるリンパ球を進行性に破壊します。リンパ球は体の免疫防御能に大切な役割を担っています(免疫システムのしくみと働き: リンパ球を参照)。リンパ球が破壊されると、体はさまざまな感染性生物の攻撃を受けやすくなります。死にも至るHIV感染症の合併症の多くは、HIV感染症自体によるものではなく、たいていの場合、こうしたさまざまな他の感染症によるものです。

エイズと呼ばれる後天性免疫不全症候群は、HIV感染症の最も重い型です。HIVに感染していて、合併症が少なくとも1つ現れるか、CD4+リンパ球数の減少により感染に対する抵抗力が明らかに低下した場合には、エイズを発症したとみなされます。

HIV感染症とエイズは今や重大な流行性疾患であり、米国では2000年12月までに77万人以上がエイズを発症し、44万8000人の死亡が報告されています。2000年末の時点で、世界中で3600万人がHIVに感染しました。米国では、80万人以上がHIVに感染していると推定され、さらに毎年4万人が新たに感染しています。アフリカの一部では、15〜45歳の成人人口の30%以上が感染しており、1世代分の人口がほぼ消失してしまうほどの脅威となっています。

HIV-1とHIV-2による感染症の広がりはともに深刻ですが、発生する地域は異なる傾向があります。西半球、ヨーロッパ、アジア、アフリカ中央部、南部、東部ではHIV-1が多くみられます。アフリカ西部ではHIV-2がよくみられますが、HIV-1に感染している人も多くいます。

レトロウイルスとは

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は「レトロウイルス」と呼ばれ、他の多くのウイルスと同様に、遺伝情報をDNAではなくRNAに蓄えています。レトロウイルスは、標的とする宿主の細胞内に入ると、RNAと逆転写酵素という酵素を放出し、ウイルスRNAを鋳型としてDNAをつくり、そのウイルス由来のDNAを宿主細胞のDNAに組みこませます。この過程が、DNAを鋳型としてRNAをつくるという人間の細胞で起こるパターンと逆であることから、逆向きを意味する「レトロ」と名づけられています。一方、遺伝情報をRNAに蓄えるウイルスのうち、ポリオやはしか(麻疹)などのウイルスはDNAを合成することはなく、ウイルスRNAの複製だけをつくります。

宿主細胞は分裂するたびに、自身の遺伝子とともに組みこまれたウイルス由来DNAの複製もつくっていきます。ウイルスDNAは潜伏して危害を加えないこともあれば、活性化して細胞機能を乗っ取り、新たにウイルスをつくらせることもあります。こうして産生された新しいウイルスは、感染細胞の外へ出て別の細胞に侵入します。

感染経路

HIVが感染するには、ウイルスや感染細胞を含んだ体液との接触が必要です。このウイルスは、ほとんどどの体液中にも存在しますが、感染が起こるのは主に血液、精液、腟(ちつ)分泌物、母乳からです。涙、尿、唾液(だえき)の中にも少量のウイルスはいますが、これらの体液から感染することは非常にまれです。

HIVの感染経路には以下のものがあります。

  • 感染者との無防備な性的接触で、口、腟、陰茎、直腸の粘膜が汚染体液と接触した場合。
  • 輸血、注射針の回し打ち、HIVで汚染された注射針を誤って刺してしまうことなどによる汚染血液の注射、注入。
  • 出産前、出産中、あるいは産後に母乳を通じて、感染した母親から子にウイルスが感染。

腟や肛門の激しい性交でみられるように、HIV感染症のリスクは、皮膚や粘膜が少しでも破れていたり、損傷を受けたりすると高くなります。またHIVの性行為による感染は、どちらかのパートナーがヘルペスや梅毒をはじめとする性感染症にかかっていて、皮膚の損傷や生殖器の炎症があると起こりやすくなります。ただし、どちらにも性感染症や皮膚の傷がなくても感染は起こります。口腔性交でも感染の可能性はありますが、腟や肛門の性交に比べると確率ははるかに少なくなります。

米国、ヨーロッパ、オーストラリアでは、HIVは主に男性同性愛者や注射針の使い回しをする麻薬常習者の間で広まってきましたが、最近は異性間の性交による感染が急増しています。2000年には、米国で新たに発生したHIV感染者のうち、42%が男性同性愛者、33%が異性間性交を行う男性と女性、25%が注射針を使用する麻薬常習者でした。アフリカ、カリブ海諸国、およびアジアのHIV感染は主に異性間で起こり、発症率に男女差はありません。米国では、2000年12月までの統計によると、エイズであると報告された成人のうち女性は17%強でした。しかし最近は女性の増加率が男性を上回る状況で、HIV感染症が報告されている地域では、新たなHIV感染症の31%が女性となっています。1992年以前は、女性感染者のほとんどが汚染注射針を使った麻薬の回し打ちによるものでしたが、2000年には75%が性行為で感染しました。

医療従事者がHIVに汚染された注射針を誤って刺した場合、感染する確率はおよそ300回に1回です。針を深く刺した場合や、汚染血液を注射してしまった場合はリスクが高くなります。汚染体液が口や眼に入った場合の感染率は1000回に1回以下です。こういった事故が起きたら、ただちに抗レトロウイルス薬の併用投与を行うことが勧められます。感染のリスクを完全になくすことはできなくても、減らせるからです。

血友病患者は全血または血液製剤を頻繁に注入する必要がありますが、1985年より前の米国では、血友病患者に投与された血液製剤がHIVで汚染されていたため、多くの患者がHIVに感染しました。このため、エイズは血友病患者の主な死因となったほどでした。しかし1985年以降は、輸血用に採取されたすべての血液にHIV検査が行われるようになり、血液製剤で可能なものは加熱してHIV感染のリスクの排除に努めました。その結果、現在では1回の輸血でHIVに感染する確率は、50万回に1回以下といわれています。

出産や子育てをする年齢層の女性が多数HIVに感染したことにより、小児にもHIV感染症が広まりました(ウイルス感染症: ヒト免疫不全ウイルス感染症を参照)。HIVに感染している女性が妊娠すると、このうち25〜30%で、胎盤を通してウイルスが胎児に感染するか、出生時に産道を通過する際に感染します。母乳から乳児が感染することもあります。性的虐待でHIVに感染した小児のケースも少数ですが報告されています。

HIVは職場、学校、家庭での軽い接触ではうつらないし、密接な接触でも性的な接触でなければ感染しません。感染者のせきやくしゃみから、あるいは蚊に刺されてHIVに感染した例は報告されていません。感染した医師や歯科医から患者が感染するケースもきわめてまれです。

性行為別のHIV感染リスク

  • リスクなし(接触部位にただれがない場合)
    • 軽いキス
    • 体と体の触れ合いやマッサージ
    • 体内に挿入するタイプの性具を共用せずに使用
    • 精液や腟分泌液を伴わないパートナーによるマスターベーション
    • 一緒に入浴したりシャワーを浴びたりする
    • 傷のない肌への便や尿の付着
  • 理論上ではリスク(ただれがない限りリスクは非常に低い)
    • ディープキス
    • 男性への口腔性交(射精なし、コンドーム使用の有無は問わない)
    • 女性への口腔性交(バリアー型避妊具を使用)
    • 口と肛門の接触
    • 手袋使用の有無にかかわらず、指を腟や肛門へ入れる
    • 体内に挿入するタイプの性具を消毒して共用
  • 低リスク
    • 男性への口腔性交(射精あり、精液を飲む行為の有無は問わない)
    • 女性への口腔性交(バリアー型避妊具なし)
    • 腟または肛門性交(コンドームを適切に使用)
    • 体内に挿入するタイプの性具を消毒しないで共用
  • 高リスク
    • 腟または肛門性交(射精の有無を問わない、コンドームは使用しないか不適切に使用)

感染成立のメカニズム

体内に入ったHIVは数種類の白血球に付着しますが、特に重要なのがヘルパーT細胞への付着です。ヘルパーT細胞は、免疫システムのさまざまな細胞を活性化させ、その働きを調整する役目をもっています。ヘルパーT細胞の外膜には「CD4」と呼ばれる受容体タンパク質があります。このためヘルパーT細胞は「CD4+」と表記されます。HIVは遺伝情報をRNAに蓄えており、いったんCD4+リンパ球に侵入すると、「逆転写酵素」と呼ばれる酵素を使って自分のRNAにある遺伝情報をDNAにうつしていきます。こうしてウイルスDNAは感染したリンパ球のDNAに組み入れられ、細胞内のウイルスはリンパ球の増殖のしくみに乗って自らを増殖していき、やがて細胞を破壊してしまいます。感染細胞ごとに複製された何千もの新しいウイルスは、さらに他のリンパ球に感染し、破壊していきます。こうして数日から数週間のうちに、リンパ球の数を減らし、他の人への感染力をもつほどにHIVは増殖します。

ヒト免疫不全ウイルスのライフサイクル

ヒト免疫不全ウイルスのライフサイクル

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は他のすべてのウイルスと同様に、その宿主細胞(通常はCD4+リンパ球)の遺伝装置を使って増殖(複製)します。現在認可されている治療薬は、この複製過程に必要不可欠な2種類の酵素(逆転写酵素とプロテアーゼ)を阻害します。また、第3の酵素であるインテグラーゼを標的とした薬剤が現在開発中です。

  1. HIVは、まず標的とする細胞に付着して侵入します。
  2. HIVはウイルスの遺伝情報であるRNAを細胞内に放出します。ウイルスが自己複製するには、自分のRNAをDNAに変える必要があります。この変換を行う酵素を「逆転写酵素」といいます。逆転写酵素はウイルスRNAをDNAに変換する過程でエラーを起こしやすいので、HIVはこの時点で容易に突然変異を起こします。
  3. 変換してできたウイルスDNAが細胞核へ入りこみます。
  4. 「インテグラーゼ」という酵素の助けを借りて、ウイルスDNAが宿主細胞のDNAに組みこまれます。
  5. そのDNAは転写され、ウイルスRNAやタンパク質がつくられます。タンパク質は長い鎖の形になっていて、ウイルスが細胞外に出た後に切断されます。
  6. 新しいウイルスがRNAと短いタンパク質から組み立てられます。
  7. ウイルスが細胞膜から出芽し、細胞膜の断片(エンベロープ)の中に自身を包みこみます。
  8. 他の細胞への感染力をもつには、出芽して細胞外に出たウイルスは成熟する必要があります。「HIVプロテアーゼ」と呼ばれるウイルスの酵素がウイルス内の構造タンパク質を切断し、それらを再び並べ替えて初めて成熟HIVになります。

HIV感染によってCD4+リンパ球が破壊されると、さまざまな感染症や癌(がん)の攻撃から身を守る体の免疫システムの働きが低下します。いったんHIV感染症が起こると、生体がそれを排除できないのはこのためです。ただし、免疫システムもある程度は反応できるので、感染から1〜2カ月以内に体はリンパ球と抗体をつくり、血液中のHIV量を減らして感染を制御します。そのためHIV感染症では、人によっては長い時間がたってから初めて重い症状が出ることがあるのです。

血液中のCD4+リンパ球の数は、さまざまな感染症から体を守るための免疫システム能力を決定づけるため、HIV感染症により受ける障害の程度を知る目安にもなります。健康な人では血液1マイクロリットルあたりおよそ800〜1300個のCD4+リンパ球がありますが、HIVに感染すると初めの数カ月で40〜60%のCD4+リンパ球が破壊されます。6カ月ほどするとCD4+リンパ球数の減少はゆるやかになりますが、止まることなく減り続けます。

CD4+リンパ球数が血液1マイクロリットルあたり200個以下になると、カリニ肺炎を引き起こす真菌感染症など、ある種の感染症に対する免疫システムの闘う力が衰えます。これらの感染症は免疫システムが正常な人には起こらないので、「日和見感染症」と呼ばれています。CD4+リンパ球数が血液1マイクロリットルあたり50個以下になると特に危険で、さまざまな日和見感染症が重なって起こり、急激な体重減少や失明が生じ、また死に至ることもよくあります。

血液中のウイルス量をウイルス・ロード(ウイルス負荷)と呼びます。HIVに感染した後の数カ月間は、大量のウイルス粒子が血液中を循環します。非常に感染力の強い時期です。その後ウイルス負荷は低下し、しばらくそのレベルを保ちます。このときの値が、各患者の感染症における感染力の強さと病気のその後の進行の速さを示す重要な指標となります。ウイルス負荷が減少したり、非常に低いレベルになれば治療がうまくいっているという目安になるので、治療はウイルス負荷を測定しながら行います。治療の目標は、血液中のウイルス負荷を検知不能なレベルにまで低下させることにありますが、そのときでも一定量のウイルスはおそらく存在しています。ウイルス負荷の増加は、薬剤耐性の発現や、患者が医師の指示通りに薬を服用していないことを示唆している場合があります。

症状

ほとんどの場合、感染初期には目立った症状はありません。しかし数週間以内に、熱、発疹、リンパ節の腫れ、疲労感などさまざまな症状が起こり、数週間続きます。その後、これらの症状は消えますが、リンパ節だけは腫れが続きます。感染した場合、症状がなくても、感染力は早い時期からあります。

HIVに感染してからエイズを発症するまでには何年もかかり、10年以上たってから発症する人もいます。エイズを発症するまでは、まったく元気な人もいれば、リンパ節の腫れ、体重減少、疲労感、繰り返し起こる発熱、下痢、貧血、口の真菌感染症(鵞口瘡[がこうそう])など、種々の非特異的な症状が出る人もいます。

エイズの主な症状は、HIVの感染によって起きる特定の日和見感染症や癌による症状です。HIVは脳に直接感染することもあり、記憶障害、脱力感、歩行困難、思考や集中が困難になる痴呆が起こります。一部の人は、明らかな原因がなくても、エイズるいそうといって体重が著しく減少することがあり、おそらくHIVが直接関与しているものと思われます。エイズの人におけるるいそうは、連続して感染症にかかったり、結核のような持続的な感染症を放置したりしていたときにも起こります。腎不全もHIVが直接原因となって起こりますが、白人より黒人に多い傾向があります。

カポジ肉腫は皮膚に痛みのない赤紫色の隆起した斑点ができる癌で、多くのエイズ患者、特に男性同性愛者に多くみられます。免疫系の癌(リンパ腫、特に非ホジキンリンパ腫)も発症しますが、初めに脳に出現すると、錯乱、人格の変化、記憶障害が現れます。女性は子宮頸癌(しきゅうけいがん)、男性同性愛者は直腸癌にかかりやすくなります。

エイズによる死亡は通常、るいそう、痴呆、日和見感染症、癌などの症状が重なったことが原因となって起こります。

エイズに伴う主な日和見感染症

感染症

病原体と感染部位

症状

カンジダ食道炎 酵母の1種(カンジダ)による食道の感染症 嚥下痛、胸やけ
カリニ肺炎 ニューモシスチス属の真菌による肺の感染症 呼吸困難、せき、発熱
トキソプラズマ症 寄生虫のトキソプラズマによる感染症で、主に脳を侵す 頭痛、錯乱、傾眠、けいれん発作
結核 結核菌による肺の感染症、ときに他臓器にも感染する せき、発熱、寝汗、体重減少、胸痛
マイコバクテリウム‐アビウム複合体感染症 結核菌に似たある種の細菌による腸や肺の感染症 発熱、体重減少、下痢、せき
クリプトスポリジウム症 寄生虫のクリプトスポリジウムによる腸の感染症 下痢、腹痛、体重減少
クリプトコッカス髄膜炎 酵母のクリプトコッカスによる髄膜の感染症 頭痛、発熱、錯乱
サイトメガロウイルス感染症 サイトメガロウイルスによる眼や腸管の感染症 眼では失明

腸管では下痢、体重減少
進行性多巣性白質脳症 ポリオーマウイルスによる脳の感染症 体の片側の脱力感、協調運動やバランスの喪失

診断

HIV感染症の人のスクリーニング検査には、比較的簡単で精度の高いELISA法という血液検査を用いて、HIVに対する抗体を検出します。ELISA法で陽性と出た場合は、さらに精度の高い検査で確認しますが、通常ウエスタンブロット法が用いられます。ただし、体内でウイルスに対する抗体ができるまでには時間がかかるので、両検査とも感染後1〜2カ月は陽性反応が出ません。その点、ウイルス負荷やP24抗原の検査では、感染後の血液中のHIVをより早期に検出できます。現在、P24抗原の検査は、他の検査と並行して、輸血用に献血された血液のスクリーニング検査に使用されています。

HIV感染症と診断された人は、定期的に血液検査を受けてCD4+リンパ球数とウイルス負荷を測定します。CD4+リンパ球数はその人の免疫システムの状態を示し、低い場合は感染による病気の起こりやすさの指標になります。ウイルス負荷は、次の1年でCD4+リンパ球数がどの程度減少するかを予測する値です。医師はこの2つの検査値を用いて、HIV感染症の治療と合併する感染症の予防のために、いつ薬物治療を開始するかの計画を立てます。医師はまた、これらの検査値を目安にして治療効果を判定します。治療が成功すれば、ウイルス負荷は数週間のうちに低いレベルまで下がり、CD4+リンパ球数もゆっくり時間をかけて正常のレベルに向かって回復しはじめます。逆に、CD4+リンパ球数が血液1マイクロリットルあたり200個以下に下がった場合、極端な体重減少がみられた場合、ある種の日和見感染症や癌を発症した場合にはエイズと診断されます。

予防

HIVはほとんどの場合、性行為か、注射針の回し打ちにより感染するので、ほぼ100%予防可能です。ところが残念なことに、予防に欠かせない対策である性行為の節制やコンドームの使用(コンドームの正しい使用法を参照)、清潔な注射針を使う習慣などは、ときどき個人的にあるいは社会的に歓迎されない場合があります。薬物依存や性行為の習慣を変えることはなかなか難しく、多くの人がHIV感染の危険に身をさらすような行為を続けてしまうのです。また、コンドームの使用も安全な性行為として万全とはいえず、漏れたり破れたりすることもあります。

HIV感染症を予防したり、すでに感染してしまった人がエイズに進行するのを遅らせるためのワクチンについては、効果は現在までのところ満足できるものではありませんが、研究は続いており、試験段階の数種のワクチンに期待が集まっています。

HIVは空気感染しませんし、さわる、つかむ、軽くキスするなど普通の接触でも感染しないので、病院や診療所では、他の感染性疾患にかかっていない限り、HIV感染者の隔離は行いません。HIVは加熱や、オキシフル、アルコールなどの普通の消毒薬により活性がなくなるので、HIVに汚染された環境表面などは簡単に洗浄、消毒できます。血液や体液を取り扱う仕事に従事している場合は、ラテックス製の手袋、マスク、眼の覆いなどの防護用品を着用すべきです。これらの標準予防策はHIV感染者に限らず、あらゆる人の体液を扱うときにも心がけるべき対策です。というのも、自身がHIVに感染していることに気づいていない人もいますし、体液からHIV以外のウイルスに感染することもあるからです。

飛び散った血液が体にかかったり、針刺し事故や性的接触などでHIVにさらされた場合には、抗HIV薬を短期間服用すると感染の可能性を減らすことができます。服薬は接触後できるだけ早く始める必要があり、2〜3種類の薬剤を4週間にわたって予防的に服用します。接触の度合いと感染の危険は個々のケースで異なるので、治療内容は必要に応じて個別に決めることになります。

HIV感染の予防対策

  • 性行為を控える。
  • 感染者またはHIVが陽性か陰性か不明なパートナーと性行為をするときには、必ずラテックス製のコンドームを使用する(腟の殺精子剤や避妊用スポンジはHIV感染予防の役を果たさない)。
  • 口腔性交をする場合には、射精前に抜く。口腔性交の前後数時間は歯磨きをしない。
  • 新婚の夫婦は無防備な性交を行う前に、HIVをはじめ各種性感染症の検査を受ける。
  • 注射針や注射器は決して使い回しをしない。
  • HIVに感染している可能性のある人の体液に触れるときは、ゴム製(できればラテックス製)の手袋を着用する。
  • 注射針を誤って刺してHIVに触れた場合には、感染予防のための治療を受ける。

治療

HIV感染症の治療には、ヌクレオシド逆転写酵素阻害薬、非ヌクレオシド逆転写酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬という3つの異なるタイプの薬剤を使用します。2つの逆転写酵素阻害薬は、ともにウイルスRNAをDNAに変換する酵素を阻害することによって働きます。プロテアーゼ阻害薬は、HIVのプロテアーゼという酵素を阻害します。プロテアーゼは、新しくつくられたウイルス中のある種のタンパク質を活性化するときに必要な酵素で、これらのタンパク質を活性化できなければ、未成熟で欠陥のあるHIVになってしまい、他の細胞に感染することができません。これらの薬はいずれもHIVを殺すのではなく、HIVの複製を抑える働きをします。複製が十分に抑えられれば、HIVによるCD4細胞の破壊が劇的に減り、CD4+リンパ球数が増加しはじめます。その結果、HIVによって免疫システムが受けた障害の大部分が回復することもあります。

ところが、これらの薬剤を単独で使用すると、HIVはいずれの薬剤に対しても耐性をもつようになります。薬の種類と患者の状態によりますが、耐性は服用を始めて数日から数カ月後に現れます。そこで治療では、少なくとも2〜3種類の薬剤を組み合わせて投与します。逆転写酵素阻害薬を1〜2種類とプロテアーゼ阻害薬を1種類といった形で併用するのが最も効果的とされ、これは「カクテル療法」と呼ばれています。薬剤を併用するのは、(1)血液中のHIV濃度を下げるには、単剤よりも複数の薬剤を併用した方がより強力である、(2)薬剤の併用により薬剤耐性が起こりにくくなる、(3)HIV治療薬の中にはリトナビルのように、他のHIV治療薬(ほとんどのプロテアーゼ阻害薬を含む)の代謝を遅らせて、その血中濃度を上げる役目をするものがある――という3つの理由からです。このように、薬剤の併用によってHIV感染者のエイズ発病を遅らせ、余命を延ばすことが可能になっています。

HIV治療薬の併用には、不快かつ深刻な副作用もあります。脂肪代謝の障害は、主にプロテアーゼ阻害薬によって起こると考えられます。体脂肪の分布が変わり、顔、腕、脚についていた脂肪が徐々に下腹部に移動してくる症状(プロテアーゼ腹)が現れます。女性の場合は、乳房に移動することもあります。血液中の脂肪であるコレステロールと中性脂肪が増加し、将来的に心臓発作や脳卒中を起こす危険性が高くなることが考えられます。

ヌクレオシド逆転写酵素阻害薬は、人の細胞の重要なエネルギー生成器官であるミトコンドリアに障害を与えます。これらの薬剤の副作用には、貧血、神経障害による足の痛み、肝障害などがあり、肝障害はまれに肝不全に進行します。個々の薬剤によって副作用を起こす度合いは異なるので、症状を注意深く観察し、薬剤を変えていくことで、重大な問題が発生するのを防ぐことができます。

薬物治療で効果を上げるには、医師の指示通りに薬を服用することが不可欠です。服薬を怠るとウイルスはどんどん複製され、耐性も生じます。併用療法の目標は、ウイルス負荷を検出不可能なレベルにまで下げることです。どのような治療法をもってしても、ウイルスを体から完全に排除することはできませんが、ウイルス負荷を測定不能なレベルまで下げることはできます。治療を中断すると、ウイルス負荷が増加し、CD4+リンパ球数は減少しはじめます。

感染者にどの時点で薬物治療を始めるべきかについてのはっきりした見解はありませんが、CD4+リンパ球数が低い場合やウイルス負荷が高い場合は、症状がなくても治療を始めるべきです。不快で深刻な副作用があり、しかも非常に高価な薬剤をHIV感染症の人が何年も服用し続けることは決して容易なことではありません。また、HIV治療薬の不規則な服用はしばしば薬剤耐性を招くので、薬物治療を始める際には、強い意志をもって治療計画に忠実に従うことが求められます。

CD4+リンパ球数が低い場合には、日和見感染症を防ぐ薬剤が処方されます。カリニ肺炎の予防として、CD4+リンパ球数が血液1マイクロリットルあたり200個未満になった場合に、スルファメトキサゾールとトリメトプリムの合剤を処方します。この処方は、エイズ患者の脳に障害を起こすこともあるトキソプラズマ症の予防にも有効です。CD4+リンパ球数が血液1マイクロリットルあたり50個未満の場合は、アジスロマイシンを週1回、あるいはクラリスロマイシンまたはリファブチンを毎日服用することによって、マイコバクテリウム‐アビウム複合体感染症を予防できます。クリプトコッカス髄膜炎の回復期にある人や、口、食道、腟に繰り返しカンジダ感染症が起こった人は、抗真菌薬のフルコナゾールを長期に服用します。単純ヘルペス感染症が口、唇、生殖器、直腸などに繰り返し起こる人は、再発を防ぐために、抗ウイルス薬のアシクロビルなどによる長期治療が必要です。

このほか、エイズに関連した脱力感や体重減少に効く薬もあります。大麻(マリファナ)の成分を用いた薬であるメゲストロールとドロナビノールは食欲を増進させます。自然のマリファナの方がさらに効果的だとするエイズ患者も多く、いくつかの州では、マリファナをこの目的で使用することが合法化されています。テストステロンなどのタンパク同化ステロイド薬を使用すると、筋肉組織の減少がかなり改善します。男性でテストステロンの減少がみられる場合には、注射や皮膚に貼るパッチ剤で補充できます。

種類

薬剤名

副作用

非ヌクレオシド逆転写酵素阻害薬

  デラビルジン 発疹、頭痛
  エファビレンツ めまい、眠気、悪夢、錯乱、興奮、健忘、多幸症、発疹
  ネビラピン 発疹(ときに重症で生命にかかわる)、肝機能障害

ヌクレオシド/ヌクレオチド逆転写酵素阻害薬

    共通の副作用として乳酸アシドーシスと肝障害
  アバカビル 発熱、発疹(ときに重症で生命にかかわる)、吐き気と嘔吐、白血球数減少
  ジダノシン(ddI) 末梢神経の障害、膵炎、吐き気、下痢
  ラミブジン(3TC) 頭痛、疲労感
  スタブジン(d4T) 末梢神経の障害、顔の脂肪の減少
  テノフォビル 軽度から中程度の下痢、吐き気と嘔吐、放屁
  ザルシタビン(ddC) 末梢神経の障害、膵炎、潰瘍性口内炎
  ジドブジン(AZT) 貧血、易感染性(骨髄毒性による)、頭痛、不眠、脱力感、筋肉痛

プロテアーゼ阻害薬

    共通の副作用として吐き気、嘔吐、下痢、腹部不快感、高血糖と高コレステロール(よくみられる)、腹部の脂肪増加(プロテアーゼ腹)、血友病では出血、肝機能障害
  アンプレナビル  
  インジナビル 腎臓結石
  ロピナビル 口の刺痛、味覚の変化
  ネルフィナビル  
  リトナビル 口の刺痛、味覚の変化
  サキナビル  

経過の見通し

HIVにさらされたからといって必ず感染するわけではありませんし、長年にわたって何度もHIVにさらされながら感染しない人もいます。また、感染して10年以上たっても発病しない人もたくさんいます。病気の進行に大きな個人差がある理由はまだ解明されていませんが、さまざまな遺伝的要因が感染の起こりやすさやエイズへの進行に影響していることは確かなようです。

HIVに感染した人が薬物治療を受けないと、感染後の最初の数年間は毎年1〜2%がエイズを発症し、その後は毎年およそ5%の割合で発症します。HIV感染から10〜11年以内に、治療を受けなかった人の半数がエイズを発症し、最終的には未治療者の95%以上がエイズを発症します。15年以上元気に過ごしている感染者もわずかにいますが、それ以外は全員がいずれ発症します。

エイズ流行の初期には、多くのエイズ患者が、感染による最初の入院後から生活の質の急激な低下を経験しました。病院で余命の大半を過ごし、エイズを発症してから2年以内に死亡するのが常でした。それに比べて、現在は治療法の進歩により、エイズはより安定し、管理可能な病気となりました。エイズにかかっても何年も生きて、生産的かつ活動的な生活を送れるようになりました。その一方で、さまざまな感染による病気、治療薬にかかる費用や副作用に悩まされ、生活の質が落ちることもあります。治療薬が体に合わない人や、欠かさずに服用できない人の場合、病気は自然の経過をたどります。治癒はまだ可能となってはいませんが、治癒に向けての研究は精力的に続けられています。

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