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多発性硬化症

多発性硬化症は、眼、脳、脊髄にあるミエリンとその下の神経線維が、ところどころ傷ついたり壊れたりする病気です。

「多発性硬化症」という病名は、神経の脱髄現象によって多くの瘢痕(硬化)が生じることに由来します。米国では、およそ40万人が多発性硬化症を発症し、その大半が若い成人です。20〜40歳の間に発症することが最も多く、男性よりも女性に多い病気です。多発性硬化症の人のほとんどに、比較的健康に過ごせる期間(寛解)があります。この寛解は、症状が再びひどくなって衰弱する期間(再発)と交互に現れますが、病気は時間とともに徐々に悪化していきます。

原因

多発性硬化症の原因は不明ですが、おそらくウイルス(ヘルペスウイルスやレトロウイルス)や何らかの未知の抗原が引き金になって、若い年齢層の人たちの体に、自分の組織を攻撃する自己免疫反応(自己免疫疾患を参照)が起こるのではないかと考えられています。自己免疫反応によって、炎症、ミエリンの破壊、髄鞘とその下の神経線維の損傷が生じます。

多発性硬化症には、遺伝も何らかの役割を担っているようです。米国ではこの病気の患者の約5%は、兄弟姉妹にも同じ病気があり、約15%が近い親族に同じ病気の人がいます。多発性硬化症は、体が自分の組織と異物を見分けるときの目印になるタンパク質の遺伝マーカー(ヒト白血球抗原(免疫システムのしくみと働き: はじめにを参照) )のある種のタイプをもつ人に多く起きています。

環境も多発性硬化症に関係しています。生まれてから15歳まで住んでいた地域が発症しやすさにかかわっています。多発性硬化症は温帯地域で成長した人の2000人に1人に起こりますが、熱帯地域で育った人には1万人に1人しか起こりません。また、赤道直下の地域で成長した人にはほとんど発生しません。なお、16歳以降に住んだ地域の気候は発病の可能性に関係ありません。

症状

多発性硬化症の症状には大きな差異があり、個人差だけでなく、どの神経線維に脱髄が起きているかにより、同じ人でも時期によって異なる症状が現れます。感覚情報を伝達する神経線維に脱髄が起こると感覚の異常が現れ(感覚症状)、筋肉に信号を伝える神経線維に脱髄が起きた場合は動作の問題が現れます(運動症状)。症状が現れたり消えたりしながら、体の1カ所以上の部位に影響を及ぼします。症状が不安定なのは、髄鞘の損傷、修復、再度の損傷が繰り返されるためです。

多発性硬化症の病状が進行するか逆行するかは予測がつきません。しかし、症状はいくつかのパターンに分けられます。再発‐寛解パターンは、症状が悪化する再発と、安定する寛解が交互に起こります。寛解は数カ月から数年続きます。再発は自然に起きたり、インフルエンザなどの感染症が引き金になって起こります。また猛暑の気候、熱い風呂やシャワー、発熱など、高温がきっかけになって再発や症状の悪化をもたらします。一次性進行パターンは、一時的に病状が進行しない停滞期が現れるものの、寛解期間がないまま徐々に進行します。二次性進行パターンは、再発と寛解と繰り返しで始まり、徐々に病気が進行していきます。進行性再発パターンでは、病気が徐々に進行している途中で、突然に再発します。このタイプのものはまれです。多発性硬化症の人の約20%は、1回発症すると、その後はまったくかあるいはほとんど進行しません。非常にまれですが、症状が現れてから急速に病気が進行して、重症の身体障害や死亡に至るケースもあります。

一般的な初期症状として、腕、下肢、胴体、顔にチクチク刺すような感覚、しびれ、痛み、焼けつくような感じ、かゆみなどがあり、手脚の強さや器用さが失われます。患者は非常に疲れます。軽度の心理学的または神経学的な症状、たとえば気分の変動、眼がくらむ感じ、多幸感、うつ、無感情などが起こります。記憶障害、判断力と注意力の低下、など認識の問題も起こります。脳の脱髄によるこれらの漠然とした症状は、病気が診断された時点のずっと以前から始まっていることがあります。

また眼にだけ症状が現れる人もいます。たとえば片方の眼にだけ部分的な失明や痛みが起きたり、眼がかすんだり、中心視力が失われたりします。ただし周辺視野は侵されません。これは視神経の炎症(視神経炎)によるものです。また、眼球運動が協調しなくなるためにものが二重に見える複視が起こることがあり、この状態は核間性眼筋麻痺(かくかんせいがんきんまひ)と呼ばれています。

首の脊髄後部が侵されると、首を前に曲げたときに感電したような痛みや刺すような痛みが起き、その痛みは背中から両脚、片方の腕、体の片側へ走ります。これはレルミット徴候と呼ばれます。通常この感覚は瞬間的なもので、首を真っすぐにすると治ります。首を曲げ続けていると、しばしば症状は消えずに続きます。

病気が進行すると、動作がおぼつかなくなり、不規則で思う通りに動けなくなったりします。筋力低下とれん縮のために歩行が困難になり、最終的に歩けなくなることもあります。多発性硬化症は部分麻痺や完全麻痺を起こすこともあります。話し方が遅く、不明瞭になり、発語をためらうようになります。病気の後期には、痴呆と躁の症状が現れます。排尿や排便をコントロールする神経が侵されるために、頻尿、強い尿意、尿閉、便秘、ときには尿や便の失禁が起こります。

頻繁に再発するようになると、患者の障害がひどくなり一生続くこともあります。それにもかかわらず、多発性硬化症の人の約75%は一度も車いすを必要とせず、約40%は普通に生活を続けられます。ほとんどの人が正常に長生きします。

多発性硬化症の主な症状

感覚症状

運動症状

心理的または神経学的症状

  • 感覚異常:しびれ、刺すような感覚、痛み、焼けつくような感覚、かゆみなど
  • 視力障害:複視、片方の眼の部分的失明と痛み、眼のかすみやぼやけ、中心視力の消失
  • オルガスムに達さない、腟感覚の欠如、男性のインポテンス
  • めまい(浮遊感)や回転性めまい
  • 脱力とぎこちなさ
  • 歩行やバランスの維持が困難
  • ふるえ(振戦)
  • 眼球の協調運動障害
  • 排尿と排便のコントロールの問題
  • 便秘
  • 硬直、不安定、異常な疲労感
  • 気分の変動
  • 病的な高揚感や眼がくらむ感じ
  • うつ状態
  • 情動を抑制できない(理由なく泣き出したり、笑い出したりするなど)
  • わずかな、または明らかな精神障害

診断

症状が非常に多様なために、医師も初期にはこの病気だと認識しないことがあります。多発性硬化症が疑われるのは、若い人に突然、眼のかすみ、複視、動作困難、感覚異常などの症状が体のあちこちに現れたときです。症状が不安定で、再発と寛解のパターンがみられれば診断の根拠になります。

多発性硬化症が疑われるときは、診察の間に神経系を詳細に調べます(脳、脊髄、神経の病気の診断: はじめにを参照)。検眼鏡(検眼鏡のしくみと働きを参照)で眼底(網膜)を調べると、視神経の炎症と蒼白な所見が得られます。

単独で診断がつけられる検査はありませんが、臨床検査は多発性硬化症を同様の症状を起こす他の病気と区別するのに役立ちます。たとえば、エイズ、筋萎縮性側索硬化症(ルー・ゲーリッグ病)、動脈炎、頸部の関節炎、ギラン‐バレー症候群、遺伝性運動失調、ループス、ライム病、椎間板の破裂、梅毒、脊髄の嚢胞(脊髄空洞症)などです。

脳脊髄液のサンプルを採取するために、脊椎穿刺(脊椎穿刺の実施方法を参照)が行われます。脳脊髄液中の白血球数とタンパク質は、正常よりも高くなっています。抗体の濃度も高く、最大90%の人に多発性硬化症に特異的な抗体パターンが検出されます。

MRI検査は多発性硬化症の発見に最も有効な画像診断で、診断確定に使われます。通常は脳と脊髄の脱髄領域を検出します。また常磁性造影剤のガドリニウムを用いた造影MRI検査によって、最近脱髄して炎症が活発な部位と、古い脱髄個所とも識別できます。

誘発反応(脳、脊髄、神経の病気の診断: 誘発反応を参照)を用いた検査も実施されます。閃光のような感覚刺激を使い、脳の特定領域を活性化して脳の電気的反応を記録します。多発性硬化症の人は、神経線維の脱髄のために信号の伝達が阻害され、刺激に対する脳の反応が遅れます。この検査では、視神経が受けた小さなダメージも検出できます。

治療

多発性硬化症には、有効な治療法がありません。主な治療はコルチコステロイドで、急性の症状を軽減するために短期間投与されます。たとえばプレドニゾロンの経口服用や、メチルプレドニゾロンの静脈注射です。ステロイドの作用は、免疫系の抑制によるものとみられています。ステロイドは症状が再発している期間を短縮しますが、長期にわたる身体障害の進行までは防ぐことはできません。

視神経の炎症以外に多発性硬化症の症状が現れていない人には、ステロイドは静脈注射が勧められます。こうした患者の場合、経口薬は他の症状を誘発するリスクを高めます。

ステロイドにはさまざまな副作用があるため、長期に使用されることはまれです。たとえば感染症にかかりやすくなる、糖尿病、体重増加、疲労、骨密度の低下(骨粗しょう症)、潰瘍などがあります。ステロイド治療の開始と終了は必要に応じて決めます。

インターフェロンベータ注射は再発の頻度を抑えて、後に起こる身体障害を防いだり進行を遅らせるのに役立ちます。酢酸グラチラマー注射も、初期の軽い多発性硬化症に同様の効果があります。化学療法薬のミトキサントロンは、再発の頻度を抑えて進行を遅らせる効果があります。この薬は最終的に心臓にダメージを与えるため、使用できる期間はせいぜい3年です。これらの薬には、髄鞘に対する免疫系の攻撃を防ぐ効果があります。

その他の有望な治療法は、体が自分の髄鞘を攻撃するのを防ぐのに役立つインターフェロンやガンマグロブリンです。血液をいったん体外に取り出し、血液中に含まれる異常抗体を取り除いてから再び体内に戻す血漿交換(血液浄化で病気をコントロールを参照)の有効性は確立していません。しかし一部の専門家は、ステロイドが効かない重症の再発に推奨しています。

特定の症状の治療には、他の薬が使用されます。たとえば、バクロフェン、チザニジン、鎮静薬のジアゼパムは、筋肉のけいれんを緩和します。オキシブチニン、ベタネコール、タムスロシンは、尿失禁の制御に役立ちます。抗けいれん薬のガバペンチンは、神経系の異常による痛みを和らげるのに使われます。ベータ遮断薬のプロプラノロールは振戦の緩和に、インフルエンザの治療にも使われるアマンタジンは疲労の軽減に、抗うつ薬のセルトラリンやアミトリプチリンはうつ病の治療に用いられます。

多発性硬化症であっても、多くの人が活動的な生活を送っています。ただし疲れやすいため、多忙なスケジュールをこなすことは困難です。自転車式エルゴメーターをこいだり、ウオーキング、水泳、ストレッチなどの運動を規則正しく行うことにより、けいれんを起こりにくくし、心臓の血管や筋肉を鍛え、心の健康を維持できます。理学療法はけいれんと筋力低下を防ぐだけでなく平衡感覚、歩行能力、関節の可動域の維持に役立ちます。風呂やシャワーの湯は熱くしないで体温の上昇を避けると、症状の悪化を防ぐのに役立ちます。

尿が滞留する人は、カテーテルを挿入して膀胱を空にする方法を習うことができ、便秘の人は、便を軟らかくする緩下薬や下剤を規則的に服用します。筋力が低下して体を動かすことが困難になると褥瘡(床ずれ)ができやすくなるため、介護者はその予防のためのケアもしなければなりません(床ずれ(褥瘡): 予防を参照)。

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